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2012年05月03日
5月2日
連休の谷間の出勤日。とある方から届いたFAXをパソコンに入力する仕事があった。手書きの文章を見ながら、パチパチとキーボードを叩いていると、ある一文で手が止まった。
「レンスランで食事した」
はじめて聞く、いやはじめて目にする言葉だった。文章の感じからすれば、「レストラン」を書き損じではないか。しかしまて。手書きの文章を見るかぎり、そこにはしっかりとした意思が感じられ、ただ単に書き損じとは言えない気もしてくる。そもそも「レストラン」を「レンスラン」と書きまちがえるって、どういうことだよ。それに、ぼくが知らない言葉など山ほどあるわけで、レストランを「リストランテ」と言ったりなんだりするのと同じじゃないだろうか。キーボードを叩く手が動く。
「レンスランで食事した」
いやいやいや。もう一度まてよ、自分。やっぱり、おかしい気がする。このまま「レンスラン」でいけば、それなりの数の人が「レンスラン」を目にするわけで、もしこれが誤字だとしたら、かなり恥ずかしいことになる。いったん削除してみる。こんなときこそ、インターネットだ。ネットで検索すれば、誤字かどうか、すぐにわかることだ。
出るわ出るわ、レンスラン。
「こないだレンスランで食べたオムライス」「USJのレンスランのディナー」「レンスラン内の写真」「おすすめのレンスランを教えて下さい」
しかし、そこにレンスランの意味を記す記述は見つからなかった。あくまでも当たり前の言葉としてレンスランが連呼されている。誤字にしては使用例が多すぎるし、レンスラン内の写真を見ているうちに、なんとなくこれがレンスランかという気もしてくる。あらためて、FAXに目をとおし、キーボードを叩いてみる。
「レンスランで食事した」
うむ。いい感じだ。なにか言ってくる人がいたら、レンスラン内の写真を見せてあげよう。肩肘張らない感じのいい店だ。そういえば、おすすめのレンスランを教えてくれた人はいなかった。
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2012年04月28日
4月28日
録画していたアニメ「坂道のアポロン」を見る。原作は小玉ユキの同名漫画。絵柄や名前は知っていたけれど、漫画を読む機会がなかなかなく、はじめて読んだのは「長嶋有漫画化計画」(光文社)に収録の「泣かない女はいない」だった。
びっくりした、すばらしくて。
原作の面白さはもちろんだが、漫画としてすごくまっとうで、心地よかった。表情、動き、コマの運び、空気感、そういうのは、小玉ユキのすごい力量によると思う。とかなんとかえらそうに言って、現在もまだその作品しか読んでいないのだが。そんななか、いきなり小玉ユキ原作のアニメが放映されるとのことで、喜んで見たのだった。
びっくりした、これもまたすばらしくて。
「坂道のアポロン」に詳しい人なら、この作品がジャズ漫画だということを知っているだろう。もちろんぼくは、アニメを見るまで知らなかった。いやがおうにもアニメにするにあたって、ジャズそれもオリジナルのジャズを鳴らさなくてはいけない。その即興みたいなジャズのピアノが、優しくて繊細でとても良かった。主人公の男の子が弾いているのだが、女の子が弾いているような感じがした。その後クレジットで、菅野よう子という女性だとわかった。
そんなわけで、よく知らないくせに断言すれば、小玉ユキも菅野よう子もすごい人である。二人とも、他人の世界を自分の世界に引きこむセンスってのが、ずば抜けてある気がする。いや、ずば抜けてちょうどいい気がする。
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2012年04月21日
4月20日
四谷アート・ステュディウムに福永信&岡崎乾二郎の対談を聞きに行く。セザンヌ論、現代美術鑑賞論、その他おもしろ美術論などなど。岡崎乾二郎は、つねにパソコンをいじっていて、それをプロジェクターで見せていた。美術作品の画像を見たり、テキストを打ったり、ネットに接続してどこかのサイトを見たりと、落ちつかないと言えばそれまでだが、なんだかせわしない感じもまたおもしろかった。
その途中、開催中のセザンヌ展のサイトに接続したときのことだ。今回の展示のキャッチフレーズが目に飛び込んでくる。
「100%セザンヌ!!」
一見すると、とてもシンプル。しかし、セザンヌ論をなまじっか聞いてしまったものだから、複雑なキャッチフレーズであることに、ついつい気づいてしまう。「100%セザンヌ!!」の表記を分解すると「算用数字を日本語読み」+「記号を英語読み」+「外国人の名前をカタカナ読み」+「感嘆符の約物」と、じつに複雑な言語表記がからみあっていることがわかる。セザンヌの絵もまた、一見して美しいとされるその奥に、複雑な構造、仕掛けがあるらしく、その意味でまさにセザンヌを表現するにふさわしいキャッチフレーズだとわかるのだ。
もちろん、ぜんぶセザンヌという意味の100%でもあれば、セザンヌの完全性、完璧性を意味する100%でもあるはずだ。
さらに、セザンヌといえばリンゴ。つまり「100%リンゴ」であり、となるとこれは濃縮還元ジュースだ。なんやかんやの結果、リンゴジュースなのである。ご存じの方も多いだろうが、ぼくは100%ジュースのなかでもリンゴがいちばん好きであり、こうなるといよいよジュース飲みたい。オレンジジュースよりもリンゴジュース飲みたい。ブドウジュースもいいな。
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2012年04月17日
4月16日
実家に帰ってぼーっとしていたら、母親が「消しゴム出てきた」と、なにか包みを持ってきた。
「ああ、どうせキン消しだろ」
キン消しことキン肉マン消しゴム。昨今の80年代ブームのおかげで、よく雑誌にもテレビにも出てるし、それに数が多すぎて無価値だってのも知っている。正直、わざわざ見せられても困るのだ。と微妙な気分で包みを開けると、やはりキン消しだった。しかし、どうも思っていたのと様子が違う。
「これ、ふんづまり!」
キン肉マン消しゴムは、ブームのせいか、ニセモノも横行していた。なに屋だかよくわからないような個人商店や、駄菓子屋、地元の文房具屋あたりでは、微妙に違うメーカーのキン肉マン消しゴムのガチャガチャがあった。ニセモノは造形は、全体的に小さめだったり凸凹が甘かったりで、ぼくらのなかでは「ふんづまり」と呼ばれていたのだ。
ふんづまりばかり持っている奴は、なんかちょっとダメな奴という認識もあった。ある日、本物志向を決意したぼくは、いよいよふんづまりを猛烈な勢いで分別した。そして本物をお菓子の缶に入れ、これを正式なコレクションとしていた。ふんづまりなどもう記憶から抹消していたが、それが突然出てきたのである。
胸板の薄いバッファローマン、角が丸みを帯びているサンシャイン、手足のバランスがおかしいステカセキング、まぶしいくらい蛍光ピンクのウォッチマン……すごい、完璧なニセモノ、いやふんづまりの数々。たぶん100個近くあって、なんだか本物よりふんづまりのほうがぐっとくる。小学校時代に本物志向だったぼくは、いつしかその道から逸れ、ふんづまり的に生きてきた。生きてこざるを得なかった。だからそうなのかもしれない。
嬉しい再会。蛍光ピンクのウォッチマンが最高にかっこよく見えた。
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2012年04月08日
4月8日
プロゴルファーの石川遼(20歳)が結婚するというニュース。相手は4年ほど付きあってきた同級生とのことで、なんかいいなあと思う。なにがってこともないんだけど、なんかいいよ。意外といい。そういえば、最近どこかで石川遼モデルのキャップというのを見た。なにが石川遼なんだろうと見ると、ツバのところがダメージ加工になっていて、それをやたらアピールしていた。……って、まあそんなもんかと思っていたところ、今日のニュースに登場した石川遼は見事にダメージ加工のキャップをかぶっていた。律儀である。いや、そういうことじゃないか。
ダメージブーム到来! いきなりでごめん。ジーンズ、帽子、いまやダメージ加工がファッション界で大流行なわけだが、いま一番の注目はダメージメガネである。もちろんぼくも着用中なわけで、ぼくのダメージメガネ誕生秘話。
こないだ自転車に乗っていたときのこと。肩にかけていたかばんを外そうと思った拍子にメガネを落としてしまい、あっ踏むな、と思った刹那、やっぱり踏んずけちゃった。メガネ、曲がる。メガネをかけられなくなると、メガネの人の生命力、だいたい3くらい。その日は適当に仕事を済ませて、すぐにメガネ屋に行く。さいわい折れたわけではないので、なんとか修復できた。良かった。がしかし、よくよく見るとフレームのところとか横の棒のところとか、地面に落としてガリッとやった跡がギコギコと残っていて、それがなんかダメージメガネ? ワイルド風味? そういう話であった。
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